東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)6号 判決
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
(一) 前示のとおり本願発明の要旨は、「炉壁に取付可能な高温耐久性且つ弾性のセラミツク繊維からなる弾性繊維断熱マツトをそれぞれ有する複数の単位体から成る工業炉用ライニングであつて、……八七一℃以上で使用可能な高温ライニング」であり、成立に争いのない甲第二号証の一によれば、この工業炉用ライニングは、「高温炉の炉壁の内部断熱用に特に適応性を有」(前掲甲第二号証の一((本願発明の特許公報))第四欄第八行、第九行)するが、「本発明の目的にとつて、高温は八七一℃(一六〇〇°F)以上の温度を意味し、八七一℃ないし一五三八℃(一六〇〇°Fないし二八〇〇°F)の範囲内」(同欄第九行ないし第一三行)で用いるのが好ましく、その素材となる「セラミツク繊維マツトはある長さの市販のセラミツク繊維の毛布状のものから横方向に切り取られた小片から作られることが好ましい」(同第三欄第三六行ないし第三八行)ものであることが認められる。
これに対し、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例記載のものは、主としてミネラルウールからなる断熱マツト及びユニツトの製法に関する発明であつて、従来公知のミネラルウールからなる断熱マツト製品は、適当な厚さのミネラルウールを紙、厚紙、網等の被覆材料の上又は間に縫いつける等の方法により固定して作られる(前掲甲第三号証((第一引用例))第一頁左欄第四行ないし第一一行)が、ミネラルウールが被覆材料と平行な面で劈開し易いという傾向を有するため、しばしばマツトが崩れ落ちていく(同頁右欄第二〇行ないし第二三行)欠点を有するので、まずミネラルウールの製品を所望の断熱材の厚さ相当の巾の帯をなすように切り取り、これらの帯を劈開面を接して、この面が被覆材料に垂直になるように並べ、被覆材料に接着する(同頁右欄第二九行ないし第二頁左欄第八行)方法により、被覆材料に垂直な方向に繊維がからみ合い安定した製品を得るという効果を奏するもの(同頁左欄第八行ないし右欄第二行)であることが認められる。
右認定事実によれば、第一引用例記載のものにおいては、断熱材の基盤となる被覆材料は、紙等の可燃性物質であるから、ミネラルウールの製品を被覆材料に垂直になるように並べて接着しても、本願発明における高温炉の炉壁の内部断熱用に適応できるような耐熱性を有するものと認めることはできない。このことは、成立に争いのない甲第一三号証(「ROCK WOOL GUIDE」岩綿工業会発行一九六五年版)によれば、その第六頁下段及び第九頁上段に、第一引用例記載の断熱材と同様に、ロツクウール(第一引用例記載のミネラルウールがこのようなロツクウールと同等のものであることは当事者間に争いがない。)を寒冷紗又はクラフト紙に接着させたものを建物の断熱・保温・防音・防火用あるいはパイプ、ダクト等の保温・保冷・消音用として用いることが記載されているが、これらの製品の安全使用温度は四〇〇度Cあるいは六〇〇度Cであつて、それ以上の高温においては使用することができないものであることが認められることからも明らかである。
被告は、乙第一号証を援用して、ミネラルウールには、その耐用温度が八九五度Cに達するものがあり、これを炉壁等の断熱材として用いることは周知である旨主張する。
なるほど、成立に争いのない乙第一号証によれば、この技術文献には、「本研究ではまず耐熱性の優れた岩綿繊維を造り、次いでその耐熱度を測定することを目的とした。そのために耐熱性を増すと考えられる種々な組成で岩綿繊維を試作した。その結果従来市販されている岩綿繊維より、約二〇〇℃以上耐熱性の優れていると見られる岩綿繊維を得ることが出来た」(第四四頁左欄第五行ないし第一〇行)が、そのための実験方法として、「珪砂、アルミナ、石灰石、チタン白を適当な重量比に秤量、ボールミルで十分粉砕混合した。熔融は始め黒鉛坩堝と電極の間にアークをとばし融液を造り、次にこの融液に適当な電流を流しながら加熱し、原料を投入熔融する方法」(同頁左欄第三六行ないし右欄第二行)を採用した結果、耐熱度が八九五度Cに達するものを得た(第四七頁右欄テーブル二)旨記載されていることが認められる。しかしながら、成立に争いのない甲第二一号証(「ロツクウール」ロツクウール工業会一九八〇年一二月一〇日発行)及び乙第二号証(「ロツクウール三〇年のあゆみ」ロツクウール工業会昭和四三年一二月六日発行)によれば、ロツクウールは、玄武岩及び安山岩あるいはこれらの類似岩を原料の主体とし、これら数種の鉱石を高熱で溶解したものを、遠心力、圧縮空気で吹きとばして細い繊維状にしたものであることが認められるのに対し、前記技術文献(乙第一号証)に記載された岩綿繊維は、前述のとおり、耐熱性の向上を目的として、通常のロツクウールの素材である岩石のかわりに珪砂、アルミナ、石灰石、チタン白等を用いて試作的に製造されたものであり、通常のロツクウールの概念には含まれないものというべきである。したがつて、第一引用例記載のミネラルウール(前述のとおり、それはロツクウールと同等のものである。)は、たとえ前記技術文献に岩綿繊維と称して耐熱度が八九五度Cに達するものが記載されているとしても、該文献に記載された耐熱度の高いものと同等であると解することはできない。
また、前掲甲第一三号証によれば、被告がミネラルウールが炉壁等の断熱材として用いられることは周知であるとして指摘する前掲「ROCK WOOL GUIDE」の第五頁上段記載のロツクウール水練保温材は、ボイラー、タワー、タンク、排気管、熱交換器等の高温箇所の保温・断熱用に、また第七頁下段記載のロツクウール保温板三号は、ボイラー、炉壁、防火壁等高温箇所の保温・断熱・防火用にそれぞれ用いられるが、その安全使用温度はいずれも六〇〇度Cであることが認められ、このことは成立に争いのない甲第一九号証(「JISハンドブツク建築」日本規格協会一九八三年四月一二日発行)によれば、この種のロツクウール保温材についてはJIS規格として使用温度の最高は六〇〇度Cとする旨規定されていることからも明らかである(前掲乙第二号証によれば、玄武岩又は安山岩で造られた岩石繊維の耐熱度は約七五〇度Cと記載されているが、この程度の耐熱度のものが製造可能であるとしても、本願発明における耐熱度八七一度C以上とはなお一〇〇度C以上の差がある。)から、これをもつて第一引用例記載のミネラルウールが本願発明におけるような高温度の炉壁の内部断熱用に用いられていることが周知とすることはできない。
なお、被告は、本願発明において、高温を八七一度C以上であると限定することはできない旨主張するが、本願発明は、前述のとおり、特許請求の範囲において、「八七一℃以上で使用可能な高温ライニング」であると規定され、また発明の詳細な説明にも前述のとおり「本発明の目的にとつて、高温は八七一℃(一六〇〇°F)以上の温度を意味し」と記載されていることから明らかなように、八七一度C以上を高温と呼ぶことが定義されており、これをもつて無意味な限定と解すべき理由は存しないから、被告の右主張並びにこれを前提とする主張は採用することができない。
したがつて、審決が、本願発明と第一引用例記載のものとを対比するに当たり、両者は被覆物に取付可能な弾性繊維断熱マツトからなる工業用ライニングである点において一致していると判断したことは、誤りといわなければならない。
(二) 第一引用例記載のミネラルウールマツトは、前述のとおり、断熱マツトとして用いられるものであつても、本願発明における八七一度C以上の高温下での工業炉用ライニングとして使用できないものであるから、工業炉用ライニングの技術分野において通常の知識経験を有する者が第一引用例の記載内容からこれを本願発明のような工業炉用ライニングに使用すると考えることはできない。
また、前掲甲第一三号証及び成立に争いのない甲第一四号証、第一五号証によれば、周知例1ないし3に記載されたものは、いずれも炉の炉壁等の高温用断熱材としてセラミツク繊維を用いたものであるが、本願発明の特許請求の範囲に記載された「複数の小片と、該複数の小片を炉壁に取付けるための該小片によつて覆われた取付手段とを備えた」工業炉用ライニングとしての技術的思想を開示するものでないことは明らかである。
そうであれば、炉の炉壁等の高温用断熱材としてセラミツク繊維を用いることが周知であり、第一引用例記載のようなミネラルウールが八七一度Cより低い温度(通常六〇〇度C程度以下)範囲で炉あるいは排気管等の高温部の断熱材として使用することが普通に行われていても、このことから第一引用例記載のものを本願発明における八七一度C以上の高温下で使用する工業炉用ライニングに適用し、このミネラルウールにかえてセラミツク繊維を用い、また第一引用例記載の被覆材料に対応するものを炉壁として本願発明のように構成することが当業者が必要に応じて選択する程度のこととは認めることができない。
被告は、当業界においては、セラミツクウールをロツクウールの一種として取扱つており、またミネラルウールも炉壁の断熱材として使用されることが周知であるとして審決が相違点(イ)について当業者が必要に応じて選択する程度のこととした判断には誤りがない旨主張する。しかしながら、ロツクウールは岩石を主原料として製造されるものであることは前述のとおりであり、これに対し、成立に争いのない甲第二〇号証(「耐火物工学の展開」耐火物技術協会編昭和五二年七月一日発行)によれば、セラミツク繊維(なお、原、被告の主張するセラミツクウールがセラミツク繊維に含まれることは技術常識上明らかである。)は、アルミナシリケイト質の繊維よりなるものであつて、当業界においてはロツクウールとは別の区分のものとして取扱われ耐熱度においても顕著な差異があることが認められ、また第一引用例記載のミネラルウールが本願発明のような八七一度C以上の高温下で使用する工業炉用ライニングに適用できないことは前述のとおりであるから、被告の右主張は採用することができない。
したがつて、審決が本願発明と第一引用例記載のものとの相違点(イ)について判断するに当たり、第一引用例記載のミネラルウールにかえて周知のセラミツク繊維を用い、第一引用例記載の被覆材料に対応するものを炉壁として本願発明のように構成することは当業者が必要に応じて選択する程度のことにすぎないと判断したことは誤りであるといわなければならない。
(三) 以上のとおり、審決は、本願発明と第一引用例記載のものとを対比するに当たり、両者は被覆物に取付可能な弾性繊維断熱マツトからなる工業用ライニングである点において一致し、かつ両者の相違点(イ)について第一引用例記載のミネラルウールにかえて周知のセラミツク繊維を用い、第一引用例記載の被覆材料に対応するものを炉壁として本願発明のように構成することは当業者が必要に応じて選択する程度のことと誤つて判断した結果、本願発明は、第一引用例、第二引用例記載のもの及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと判断したものであるから、その誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
したがつて、審決は、本願発明と第一引用例記載のものとの相違点(ロ)について第二引用例を引いて当業者が容易に想到しうる程度のこととした審決の判断の誤りをいう原告の主張について判断するまでもなく、違法であるから取消されるべきである。
3 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
炉壁に取付可能な高温耐久性且つ弾性のセラミツク繊維からなる弾性繊維断熱マツトをそれぞれ有する複数の単位体から成る工業炉用ライニングであつて、前記単位体の各々は、前記セラミツク繊維でできた複数の小片と、該複数の小片を炉壁に取付けるための該小片によつて覆われた取付手段とを備え、前記複数の小片の各々はほぼ平行な繊維平面から構成され、該繊維平面の各々はその平面内では特定の方向性を有さない繊維群からなり、前記複数の小片は、その中では前記複数の繊維平面が炉壁に対してほぼ垂直となる繊維マツトを構成するように互いに位置決められ、且つ前記複数の小片は、一面が炉壁取付用の低温面であり、他面が炉熱にさらされる高温面である二つの対向する平坦な面を有する単位体を構成していることを特徴とする、工業炉用の八七一℃以上で使用可能な高温ライニング。